私たちのCASE紹介

沖合マグロ漁 (有)辻水産の場合

それでも多くの船主さんが、こう誤解しているようです。
「こんなにキツイ仕事、今時の若い連中がやりたがるはずがないよ」

ウチの息子は、自分から船に乗りました。
上のものがプライドを持ってやっていれば、
必ずついてくる若者はいるんですよ。

辻水産代表
(有)辻水産
辻重次社長

水揚のある船には、若者も乗ってくれるんです。
じゃ、どうやって水揚を増やすかというと…。

19トンの小さな船に、8人の船員たち。一見どこにでも「ありそうな辻水産ですが、その水揚げ高は、沖合マグロ漁の盛んな宮崎県日南市で常にトップクラス。県内でも有数の実績を上げ続けています。いったいどこに秘密があるのでしょうか?
「秘密? 後悔せんように、ひと航海ずつを精一杯頑張る。これしかないでしょ」

辻社長の答えは、拍子抜けするほどシンプル。しかしこの答えの奥に、漁業の『可能性』が秘められている気がするのです。

辻水産船上の様子

「よく『水揚は船頭のウデ次第』なんて言うけど、私は技術じゃなくて、気持ちだと思います。ぼちぼちやっておけばいいと考えてる船頭と、頑張ろうと思う船頭じゃ、どうしたって頑張る者の勝ちです。昔は沖へ出て、潮の動きを見て鳥の様子を見て風を見て天気を見て、そりゃもう大変だった。でも今はいい探知機もあるし、友だちの船から『こっちに群がいるぞ』なんて通信も入ってきますからね」
へえ、漁師同士はライバルだと思ってましたが。
「今は、そんなこと言ってたら共倒れですよ。『今日は市場の値段がいいから、早く戻ってきたほうがいいぞ』とか、情報を出し合って少しでも収入を上げないと。こんな小さな船には、そういう仲間がなにより重要です。そして、あとは精一杯漁をする。そりゃ、いくら頑張ってもダメな場合もあります。かといってあきらめてしまったら、それこそ一銭にもならんのです」

陸の企業だって、『ぼちぼち』やってるような会社は不況で大変なことになっています。それに漁業の場合、頑張りは確実に結果につながるものです。
「普通の船では投げ縄は3~4時間でしょうが、ウチの船は5時間近くかけて45マイル流します。上げるのも、普通10時間のところが12時間かかる。ツライですよ、そりゃ。でもその頑張りが、収入になって返ってくるんです。
船員たちが「頑張ろう」と思ってくれれば、絶対に漁は増えますよ」


若者の使い方は難しい。
だから息子とカミさんとそれからお金をうまくつかって、やる気を出させます。

辻水産船内の様子

こうして高い水揚げを実現し、高めの給与を出すことで、辻水産の船には若い乗船希望者が次々とやってきます。現在、最年少は社長の息子である一雄さん24歳。40歳以上と40歳以下の乗組員が半分ずつというバランスのとれた構成になっています。 「今のところ高齢化も人員不足も関係ないです。給料の額ですか? 年収で、どうかな、500~600万円ってところかな。あと、港に入ったときには『遊んでこい!』ってこづかいも渡してます」

しかし、お金だけでは今の若者はつなぎ止められない。せっかく育てた若者が船を降りないよう、そして『あと少しの頑張り』を発揮してもらうよう、辻社長はあれこれと工夫を重ねています。

「人の使い方は、難しい。締めるばかりじゃいかんし、かといってオレが甘やかしたら危険になる。だからね、私のカミさんが甘やかすんですよ。船が港につくとカミさんがきて、若い連中のグチを聞いたり、服を買ってあげたりする。カミさんが、船員たちの嫁さんの相手もします。食事に連れていったり電話したり。この会社はオナゴでもってるとです(笑)」
そして最近、辻社長の重要なパートナーとなっているのが、平成5年から船に乗っている息子の一雄さん。船の上では日南市でも有名な『厳しい船頭』である辻社長と、若い船員たちをつなぐのが、一雄さんの役割なのです。

 


漁獲量の規制は、新しい漁業をつくるチャンスですよ。

よく「漁師はオレの代で終わり。息子は継がないだろう」という船主の声を耳にします。でも、本当に息子さんたちは継ぎたくないのでしょうか?  そのへんを、一雄さんに聞いてみました。
「オレは長男で下は妹3人だから、子供の頃から『自分が継ぐのかな』と思ってましたよ。最初は、船は将来どうなるかわからないから、まず自動車の整備士資格を取ろうかと思ったけど、無駄な時間を過ごすよりはと、学校出てすぐ船に乗りました」

実は私たちが取材した経験からも、子供たちが「乗りたくない」のでなく、親が「乗せたくない」と考えている場合が圧倒的なのです。辻社長は、こう語ります

辻水産様出港の様子
有限会社辻水産代表

「確かにマグロ漁は仕事もキツイし労働時間も長い。だから、乗りたがる若者が減るのは仕方ないと思います。でも、じゃあこの仕事はツライばかりなのかというと、1航海目よりも2航海目、それより3航海目と、身体が慣れるにつれてどんどんラクになっていく。それを味わう間もなく降りてしまう者が多いんですよね。おそらく3年も船に乗ったら、陸のこまごました仕事なんかできなくなると思いますよ」

一雄さんの実感は、こうでした。
「最初に乗ったとき、もう1回きりで降りようと思いましたよ。キツくてやっちょられんと思った。18年間生きてきて、こんな経験したことないじゃないですか。でも、いやじゃいやじゃと思ってるうちに、気がついたら3年たってました。最近じゃ、仕事も面白くなってきた」
悲観して良くなることなんてない。頑張る姿を見せなゃ、若者に悪いでしょうが。

この仕事の面白さとは?一雄さんの話を総合すると「仕事を任され、漁をコントロールしていけるようになること」のようです。社長は笑いながら言います。
「実は去年、ちょっと入院したんですよ。その時はまだ、息子に何も教えてなかった。だから『漁を休むか?』と言ったんです。そしたら『いや、出す』と。ちゃんと漁ができるのか、こいつが船の連中を動かせるのか、とても不安だったけど、なんとかやって帰ってきた。あれは息子にも大きな自信になったようです」

若者は、父親世代が思っているほどに弱くはない。彼らのやる気をそぐのは、おそらく上の者の弱音ではないでしょうか。
「オイルショックの時、漁業も『もうダメか』と思ったけど、なんとか対応したじゃないですか。私は、『海に囲まれたこの国で漁師がダメなら、ほかの仕事もみんなダメだ』と思うことにしてます。確かに漁業の経営は先が見えないから厳しいけど、あれこれ言い訳してたって、それで経営が良くなるわけじゃないからね」

漁業には、まだまだ頑張りの余地がある。それを若い世代にぜひ伝えてあげてください。


私ら船主がやることは、
彼らがやる気になる状況をつくること。

(有)辻水産

所在地:宮崎県日南市西町1丁目7番6号
電話番号:0987-23-1790
事業内容:沖合マグロ漁(19トン船1隻所有)
従業員数:10名(うち乗組員8名)
創業:昭和38年
設立:平成元年
年商:1.6億円(1997年実績)