Our Case
私たちのCASE紹介
「漁師はオレの代で終わりだ」
とお考えのみなさん。
漁業の未来を、悲観しすぎていませんか。
わかります。みなさんがなぜ、その仕事を子供に継がせたくないのか。なぜ、「漁師なんて、もうだめさ」なんて投げやりな言葉を口にするのか。私たち『沖合・遠洋漁業就業者確保育成センター』だって、みなさんの苦労や、漁業を取りまく環境の厳しさは、よくわかっているつもりです。でも、そんな厳しい状況だからこそ、少しじっくりと考えてみていただきたいのです。本当に、日本の漁業はもうだめなのでしょうか?周囲をぐるりと海に囲まれているこの国で、漁業は「ほろぴていく産業」なのでしょうか?
「そんなはずはない」と、私たちは考えました。「どこかに明るい未来に向けてのヒントがあるはずだ」と、私たちは日本中を駆け回ってみました。すると、あったのです。日本の漁業は決して暗くないのだ、という実例が。希望を持って、しかも「儲かる漁業」を行っている方々が、あちこちにいらっしゃったのです。私たちはうれしくなりました。そして、できるだけ多くのみなさんにそのことを知ってほしくて、このようなホームページにまとめました。「儲かるなんて・特別な船だ」と言わずに、ぜひ読んでください。実は、そんな先入観こそが、みなさんを必要以上に悲観的にさせているのです。
本当は、漁業って、とても将来有望な産業なのですから。
暗く見える未来を明るく変えるのは、少しばかりの発想の転換と、「次の世代へのバトンタッチ」を考えた経営の転換です。今までのやり方でやっていけば、確かに未来は暗い。でも、そのやり方をほんの少し変えるだけで、未来に希望が見えてきます。
そう言っても、多くの方が半信半疑でしょう。そこで、みなさんの疑問にお答えする形で、4人の船主の考え方と経営方法をご紹介しようと思います。
繰り返します、
ほんの少しの工夫で、漁業は変わります。
子供が継ぎたくなる漁業は、必ずつくれるのです。
(有)石田丸漁業の場合
ー まき網漁
例えば、こんな思い込みがありませんか?
「漁業は年々悪くなっている。こんな仕事に、未来なんかないよ。」
未来がないんじゃなくて、
未来のことをきちんと
考えてないだけじゃないかい?
石田洋一社長
まず、経営の視点を持つこと。それだけで、漁業は大変身します。
「漁業の未来は暗いってよく言いますが、そういう人に限って『今日の水揚げ』ばかり気にしているような気がします。長期的に見て先手を打てば、決して暗くなんかないですよ」
石田社長は、きっぱりとそう言います。これだけはっきりと「漁業の未来は明るい」と宣言する方に出会ったのは、私たちも初めてのことです。「船主のみなさんならだれもがわかってると思いますが、漁業ってのは典型的などんぶり勘定でやってきました。波崎でもつい最近まで、漁師の給料は完全歩合制だったし、経営者も儲かればどんどん新しい船をつくっていた。金があればあるだけ使ってしまったわけです。これじゃ、水揚げや魚価が低迷すれば、苦しくなって当然ですよね」

魚価がそこそこの水準にあり、水揚げも年々伸びていた時代には、確かにそういうやり方も通用しました。そんな豪快さも、逆に言えば漁業という仕事の良さだったかもしれません。けれど、魚価も水揚高も大きな伸びが期待できない今の時代には、違うやり方が必要になってきます。「うちでは、2ヵ月くらい不漁が続いても困らないよう、資金を準備しています。経理もきっちり処理して、お金の流れをきちっと管理してる。こんなの当たり前のことなんだけど、それができてない船が多いんじゃないですかねぇ」
まず、経営の足場を固めること。そうすると、数ヵ月後、1年後、3年後が見えてくる。今ばかり見ているから先が見えないのだ、と、石田社長は言います。
なるほど、その通りに違いありません。
今は少しも困ってないけど、未来の後継者採用のために、
2億円かけて社員寮を建てました。

「でもそれは、『ケチをしろ』ってことじやないんですよ」そう。石田丸漁業は、波崎でトップクラスの給料を払っている『社員思い』の会社でもあるのです。「4〜5 年前までの完全歩合給時代には、うちも辞めていく漁師が多かった。ある船主が最低保証月額25万円という制度を導入して、それが波崎の基準になったんです。でもうちは、水揚げ奨励金としてさらに10万円を出しています。なぜかって? 船員たちがやりがいを持てるように、です。夜中に働くキツイ仕事をして25万円じゃ、やってられませんよ。だから高めの固定給を出して、さらに一定以上の水揚げがあれば、年末にボーナスで支給することにした。そうすると、『頑張れば稼げる』と実感するから、漁にも貪欲になります。『これくらいでいいか』と思うのと、『もうひと網やるか』と思うのでは、まるで漁が違います。結果的に、会社にも、漁師たちにも、プラスになりました」
「どんぶり勘定の経営じゃ、未来は見えてきませんよ」
新人漁師の年収が500万円になろうかという高給のおかげで、ここ数年、乗組員不足に困ったことはない石田丸。
なのに、平成10年6月には2億円ちかくかけて独身寮と家族寮を建設。さらに11年度からは雇用対策室をつくり、後継者の計画的な採用と育成を始めると言います。普通なら、「そこまでしなくたって」と思うところですが、石田社長にとっては、これも「当然のこと」だと言います。

「今は採用に困ってないけど、それに甘えていたら必ず痛い目にあいます。昔は黙ってたって水産高校から毎年新卒がやってきたけど、最近は他の船から移ってくる者が多い。漁師のなり手は確実に減ってますからね。若いのがいなくても船は出せますが、下から突き上げる者がいないと船の中がマンネリ化して、仕事の効率も落ちるんですよ。私は労務倒産した会社も山ほど見てきましたからね。会社の体力にゆとりがあるうちに手を打っておくのは、当たり前。人材は、船と同じ会社の財産ですから」
人への投資を惜しんでいては、漁業全体が若者からそっぼを向かれる。そんな危機感が、石田社長にはあるようです。
漁獲量の規制は、新しい漁業をつくるチャンスですよ。


ここまで読んだ方の中には、「やっぱりこの会社は特殊だ。ウチは毎日の漁で精一杯で、こんな大きな投資などできない」と感じた方も多いと思います。けれど、石田丸漁業にとっても不漁や魚価の低迷という条件は同じです。もし違いがあるとすれば、それは悪条件もプラスに考える前向きな発想かもしれません。
たとえば近年強化されている『漁獲高の総量規制(TAC制度)』。ともすると、儲けの機会を奪われるマイナスの動きと考えがちですが、石田社長は逆なのです。
「チャンスですよ、これは。特にまき綱漁船は、労働条件を一気に改善できるかもしれない。だって、なぜ漁師が若者に敬遠されるかと言えば、労働時間や休日が陸と大きく違うからなんです。夜に操業するまき網漁は昼夜が逆転しますから、友だちと遊べません。でも、資源管理型の漁になれば、大量にとる必要はないのですから、操業時間を短くするとか昼間にするとか、工夫の余地が出てさます」
漁獲量が安定すれば、魚価も安定する。そうすれば経営も漁師の生活も安定する。これまでの、一種ギャンブルのような漁業が変わるかもしれないと、石田社長は言います。
「だから漁業の未来は明るいんです。海の変化をしっかりと見て、海に全力でぶつかっていけば、漁業は必ず答えが出る。何もしないで悲観ばかりしていたら、良くなるものも悪くなりますよ」
漁業は良くなると信じる力が、道を開くのかもしれません。
次世代のために、どう金を使うか、
しっかり考えなきゃ
(有)石田丸漁業
| 所在地: | 茨城県鹿島郡波崎町9057番地の2 |
|---|---|
| 電話番号: | 0479-44-0423 |
| 事業内容: | まき網漁業(4ヵ統所有) |
| 従業員数: | 155名(うち乗組員135名) |
| 創業: | 昭和30年1月 |
|---|---|
| 設立: | 昭和56年 |
| 年商: | 41億円(1998年実績) |
明神水産(株)の場合
ー 遠洋・近海カツオ漁
こんな声もよく耳にします。
「うまくいってる船は特別なのさ。ウチには同じことなんかできないよ」
特別なことなんか、何もしてません。
ただ、少しずつ、できる範囲で工夫はします。
当たり前ですよね、仕事なんだから。
明神照男社長
新規事業なんてものじゃありません。
どちらかというと、「窮余の索」だったんですよ。
高知の明神水産といえば、カツオの本場・高知はもとより全国でも指折りの漁業会社。カツオ漁で15億円、さらに自社工場で製造・販売している『藁焼き鰹たたき』で16億円もの年商をあげている優良企業です。というと、「商才のある人がやっている、特別の会社だろう」と思うかもしれません。しかし、社長の明神照男さんは、15歳から27年間船に乗り続けていた生粋の漁師。素朴でやわらかな物腰からは、商売気などみじんも感じられません。

「昔は、ウチより大きな会社がこのあたりにもたくさんありました。私らは少しも特別な会社じゃなかったんですよ」
明神社長はおだやかに言います。では、この会社がここまで大きくなれた理由はどこにあるのでしょう?
「う-ん。特別なことをしたわけではないんですがねぇ。昭和50年くらいから漁業全般が下り坂になって、『このままじゃいかんなあ』と、会社をいっしょにやってる兄弟たちと話をしているうちに、昔、母親の生家がカツオ節工場を営んでいたのを思い出しましてね。カツオの加工をやったらどうかと、最初はほんとの手作業でたたきをつくって、通信販売みたいなことを始めたんですよ。それが想像以上に売れてしまったんですよねぇ」
やがて近代的な工場を持ち、積極的な拡販で飛躍的な成長を記録することになるとは、だれも想像すらしていなかったとのこと。えてして新しいこととは、こんな何でもないことから始まるものかもしれません。
小さな工夫の積み重ねが、大きな差になるのです。
あとは海で全力を尽くすだけです

さらに明神水産は、本業のカツオ漁でも、何度も日本一の水揚げ高を記録しています。そしてこちらのほうも、社長曰く「特別なことはしていない」らしいのです。
「ただひとつあるとすれば、船への投資を惜しまないことですかね。私自身、足の速い船が好きなもんで、特にエンジンはいいものを積んでいます。ほかの船より遅くに港を出ても、ほかの船より先に漁場へ着きますよ。でも、それはそんなに大きな違いじゃないと思います。いくら速い船でも、それを漁に結びつけるのは船頭はじめ乗組員たちのウデと頑張りですからね」
この頑張りのもとになっているひとつが、他社にくらべて格段に高い給与でしょう。中学を出て船に乗っても、年収で500万円程度を手にできます。
「会社が儲からなくても、乗組員が満足してくれれば、と思います。おかげで船を降りる者はめったにいません。若者が毎年数人乗ってくるので、乗員の平均年齢は38歳くらい。高齢化の心配はしていません」
高い給与を出すには、常に一定以上の水揚げを維持する必要があります。なぜ明神水産にはそれが可能なのでしょうか?
「いい船をつくって、いい道具を積んで、あとは全力を尽くすだけです。水揚げが少ないのは恥だ、という感覚をみんなが持っているのもありますかね。今日取れなければ、明日頑張ろうでは駄目で今日を頑張る。そこそこで満足せずに、1回でも多く漁をしよう。何がどうというのでなく、そんなちっちゃな頑張りの積み重ねが、1年を通してみると大きな差になる気がします」
都会から来た若者も、船に乗ってます。
話をうかがっていると、水揚げ高を左右するのは、漁労長など幹部の『前向きさ』にあるという印象を受けます。明神水産では社長の兄弟や子息が幹部を務めており、だれもが『経営者としての責任』を強く持っているのです。それが『もう少し頑張ろう』『この漁では足りないから明日も出よう』という前向きさにつながり、水揚げも増える。そしてこうした活気のある船には、今どきの若者たちだって乗りたがるものなのです。
「雑誌かなにかでウチのことを知って、東京あたりの若者が『ぜひ乗せてくれ』とやってきましたよ。どうなることかと半信半疑で乗せてみましたが、これが結構頑張ってます。彼らを見てると、漁業の未来も捨てたもんじゃないと思います」

後継者不足を嘆くのでなく、若者にとって魅力のある漁業を考えてみる。ほんの小さな工夫から、すべてがプラスの方向へ回り出すかもしれないのです。
もちろん運もあるけど、
やってみないことには何も起こらんじゃないですか。
明神水産(株)
| 所在地: | 高知県幡多郡佐賀町黒潮1番地 |
|---|---|
| 電話番号: | 0880-55-2132・3808 |
| 事業内容: | 遠洋・近海カツオ漁(186トン船、168トン船、88トン船各1隻所有)、およぴ水産物の加工販売 |
| 従業員数: | 132名(うち乗組員72名、加工部門60名) |
| 創業: | 昭和32年 |
|---|---|
| 設立: | 昭和48年 |
| 年商: | 31億円(平成9年度実績) |
(有)辻水産の場合
ー 沖合マグロ漁
それでも多くの船主さんが、こう誤解しているようです。
「こんなにキツイ仕事、今時の若い連中がやりたがるはずがないよ」
ウチの息子は、自分から船に乗りました。
上のものがプライドを持ってやっていれば、
必ずついてくる若者はいるんですよ。
辻重次社長
水揚のある船には、若者も乗ってくれるんです。
じゃ、どうやって水揚を増やすかというと…。
19トンの小さな船に、8人の船員たち。一見どこにでも「ありそうな辻水産ですが、その水揚げ高は、沖合マグロ漁の盛んな宮崎県日南市で常にトップクラス。県内でも有数の実績を上げ続けています。いったいどこに秘密があるのでしょうか?
「秘密? 後悔せんように、ひと航海ずつを精一杯頑張る。これしかないでしょ」
辻社長の答えは、拍子抜けするほどシンプル。しかしこの答えの奥に、漁業の『可能性』が秘められている気がするのです。

「よく『水揚は船頭のウデ次第』なんて言うけど、私は技術じゃなくて、気持ちだと思います。ぼちぼちやっておけばいいと考えてる船頭と、頑張ろうと思う船頭じゃ、どうしたって頑張る者の勝ちです。昔は沖へ出て、潮の動きを見て鳥の様子を見て風を見て天気を見て、そりゃもう大変だった。でも今はいい探知機もあるし、友だちの船から『こっちに群がいるぞ』なんて通信も入ってきますからね」
へえ、漁師同士はライバルだと思ってましたが。
「今は、そんなこと言ってたら共倒れですよ。『今日は市場の値段がいいから、早く戻ってきたほうがいいぞ』とか、情報を出し合って少しでも収入を上げないと。こんな小さな船には、そういう仲間がなにより重要です。そして、あとは精一杯漁をする。そりゃ、いくら頑張ってもダメな場合もあります。かといってあきらめてしまったら、それこそ一銭にもならんのです」
陸の企業だって、『ぼちぼち』やってるような会社は不況で大変なことになっています。それに漁業の場合、頑張りは確実に結果につながるものです。
「普通の船では投げ縄は3~4時間でしょうが、ウチの船は5時間近くかけて45マイル流します。上げるのも、普通10時間のところが12時間かかる。ツライですよ、そりゃ。でもその頑張りが、収入になって返ってくるんです。
船員たちが「頑張ろう」と思ってくれれば、絶対に漁は増えますよ」
若者の使い方は難しい。
だから息子とカミさんとそれからお金をうまくつかって、やる気を出させます。

こうして高い水揚げを実現し、高めの給与を出すことで、辻水産の船には若い乗船希望者が次々とやってきます。現在、最年少は社長の息子である一雄さん24歳。40歳以上と40歳以下の乗組員が半分ずつというバランスのとれた構成になっています。 「今のところ高齢化も人員不足も関係ないです。給料の額ですか? 年収で、どうかな、500~600万円ってところかな。あと、港に入ったときには『遊んでこい!』ってこづかいも渡してます」
しかし、お金だけでは今の若者はつなぎ止められない。せっかく育てた若者が船を降りないよう、そして『あと少しの頑張り』を発揮してもらうよう、辻社長はあれこれと工夫を重ねています。
「人の使い方は、難しい。締めるばかりじゃいかんし、かといってオレが甘やかしたら危険になる。だからね、私のカミさんが甘やかすんですよ。船が港につくとカミさんがきて、若い連中のグチを聞いたり、服を買ってあげたりする。カミさんが、船員たちの嫁さんの相手もします。食事に連れていったり電話したり。この会社はオナゴでもってるとです(笑)」
そして最近、辻社長の重要なパートナーとなっているのが、平成5年から船に乗っている息子の一雄さん。船の上では日南市でも有名な『厳しい船頭』である辻社長と、若い船員たちをつなぐのが、一雄さんの役割なのです。
漁獲量の規制は、新しい漁業をつくるチャンスですよ。
よく「漁師はオレの代で終わり。息子は継がないだろう」という船主の声を耳にします。でも、本当に息子さんたちは継ぎたくないのでしょうか? そのへんを、一雄さんに聞いてみました。
「オレは長男で下は妹3人だから、子供の頃から『自分が継ぐのかな』と思ってましたよ。最初は、船は将来どうなるかわからないから、まず自動車の整備士資格を取ろうかと思ったけど、無駄な時間を過ごすよりはと、学校出てすぐ船に乗りました」
実は私たちが取材した経験からも、子供たちが「乗りたくない」のでなく、親が「乗せたくない」と考えている場合が圧倒的なのです。辻社長は、こう語ります


「確かにマグロ漁は仕事もキツイし労働時間も長い。だから、乗りたがる若者が減るのは仕方ないと思います。でも、じゃあこの仕事はツライばかりなのかというと、1航海目よりも2航海目、それより3航海目と、身体が慣れるにつれてどんどんラクになっていく。それを味わう間もなく降りてしまう者が多いんですよね。おそらく3年も船に乗ったら、陸のこまごました仕事なんかできなくなると思いますよ」
一雄さんの実感は、こうでした。
「最初に乗ったとき、もう1回きりで降りようと思いましたよ。キツくてやっちょられんと思った。18年間生きてきて、こんな経験したことないじゃないですか。でも、いやじゃいやじゃと思ってるうちに、気がついたら3年たってました。最近じゃ、仕事も面白くなってきた」
悲観して良くなることなんてない。頑張る姿を見せなゃ、若者に悪いでしょうが。
この仕事の面白さとは?一雄さんの話を総合すると「仕事を任され、漁をコントロールしていけるようになること」のようです。社長は笑いながら言います。
「実は去年、ちょっと入院したんですよ。その時はまだ、息子に何も教えてなかった。だから『漁を休むか?』と言ったんです。そしたら『いや、出す』と。ちゃんと漁ができるのか、こいつが船の連中を動かせるのか、とても不安だったけど、なんとかやって帰ってきた。あれは息子にも大きな自信になったようです」
若者は、父親世代が思っているほどに弱くはない。彼らのやる気をそぐのは、おそらく上の者の弱音ではないでしょうか。
「オイルショックの時、漁業も『もうダメか』と思ったけど、なんとか対応したじゃないですか。私は、『海に囲まれたこの国で漁師がダメなら、ほかの仕事もみんなダメだ』と思うことにしてます。確かに漁業の経営は先が見えないから厳しいけど、あれこれ言い訳してたって、それで経営が良くなるわけじゃないからね」
漁業には、まだまだ頑張りの余地がある。それを若い世代にぜひ伝えてあげてください。
私ら船主がやることは、
彼らがやる気になる状況をつくること。
(有)辻水産
| 所在地: | 宮崎県日南市西町1丁目7番6号 |
|---|---|
| 電話番号: | 0987-23-1790 |
| 事業内容: | 沖合マグロ漁(19トン船1隻所有) |
| 従業員数: | 10名(うち乗組員8名) |
| 創業: | 昭和38年 |
|---|---|
| 設立: | 平成元年 |
| 年商: | 1.6億円(1997年実績) |
(株)千鳥の場合
ー 近海イカ漁
それでも多くの船主さんが、こう誤解しているようです。
「息子は他の仕事についた。後継者なんて見当たらないし、将来なんて考えられないよ」
同族だけが生きる道じゃない。
『家業』ではなく『企業』にすれば、
未来も見えてきますよ。
吉田薫専務
同族経営にはどうしても限界がある。
だから次の経営者は親族以外の人にするつもりです。
千鳥は、全国有数のイカ漁の基地・八戸市の、知る人ぞ知る優良企業。実質上の経営者である吉田専務は、乗船経験がないかわりに、鋭い経営の目でイカ釣り漁業を見ています。
「漁業の難しさは、相場の変化が激しすぎて先の予測が立たない点にあります。同じ量をとっても、売上は半分だったりする。『もうやってられない』と廃業していく仲間もたくさんいます。こんな厳しい仕事を子供らにさせたくないという気持ちは、私もよくわかります。私は漁には出ませんでしたが、オヤジにくっついて大学中退後から現場を見てきたので、船主としての生き方も身に付いている。けど、とても息子にできるとは思えません」

ここまでは、多くの船主たちと同じ。
が、吉田専務の大きな違いは、「だから自分の代で終わり」とは考えないことです。
「同族にこだわる必要はないと思うんですよ。私は、次期経営者は、同族以外の人にやってもらおうと考えています。もちろん現場を知らない人間がただ威張っていても漁師たちは言うことを聞きませんから、彼らを納得させられるだけの経営能力が必要になりますが」
漁師は漁の専門家であって、経営の専門家ではない。だったら漁のプロと経営のプロが力を合わせれば、漁業経営はもっと良くなるのではないか?なるほどこれは、ひとつの見識ではないでしょうか。

いずれにしても、いきなり『やれ』と言われても誰だって困るでしょうから、なんとか船主の仕事をシステム化できないかと、今、あれこれ考えているんですよ」
システム化といってもコンピュータに経営をさせるわけではありません。
これまで、ほとんど経験と勘に頼って行われていた漁業経営をビジネスの視点で組み立て直し、ごく普通の会社がそうであるように「経営者や担当者が変わっても、事業が継続するしくみ」を、吉田専務はつくろうとしているのです。
「私は、一番大事なのは『船の減価償却をしていくサイクル』だと思うんです。今は2隻でやってますが、これを3隻に増やして、8年ごとにつくり替えていく。そして借金を6年くらいで返す計画を立てれば、事業としてもうまく回っていくはずなんですが」
さらに経理方法の整備とかコスト管理とか、経営の骨格の部分をしっかりさせれば、漁業は『家業』から『事業』に脱皮できる、と吉田専務は考えます。
「漁業の悪い面ばかり見てないで、いい面を探すべきです。そして、1年でも先を見て手を打っていけば、決して暗い業界ではないですよ」
たまにはスーパーものぞかなきゃ。
もうかる漁業のヒントが転がってますよ。
吉田専務は、「浜にばかりいると、周りが見えなくなってしまう」と言います。
「昔、オヤジとケンカして、5年くらい陸の仕事をしてたことがあってね。あれは貴重な経験でした。海を離れると、逆に漁業が見えてきます。私はよくスーパーに行くんですよ。するとね、ウチの船がとってくる冷凍イカは、ほとんどが加工用に回るんだけど、これを船の中で1本ずつわけて冷凍すれば、スーパーの特売でも売れるな、と思うわけです。1本凍結って、手間がかかるから乗組員は嫌うんだけど、単価は高いし売り先も広がる。経営のヒントは身近にあるものです」

漁業は日本の食料を支える最前線の仕事だというプライドも、吉田専務にはあります。
「日本の漁業技術って、世界的に見ても素晴らしく高い。そりゃ、日々の仕事に振り回されているのはウチも同じです。でも、それじゃストレスばかりたまって夢がない。だから私は、なんとかして漁船経営を面白くしてやろうと思う。私のライフワークです」
みなさんの、前向きな気持ちが、漁業の未来を明るくするのです。
どうやったら漁船経営は面白くなるのか、
それを考えるのが私のライフワーク
(株)千鳥
| 所在地: | 青森県八戸市江陽4-12-17 |
|---|---|
| 電話番号: | 0178-22-8404 |
| 事業内容: | 近海イカ漁(138トン船2隻所有) |
| 従業員数: | 18名(うち乗組員15名) |
| 創業: | 昭和41年 |
|---|---|
| 設立: | 昭和44年 |
| 年商: | 2.49億円(平成9年度実績) |